映画ファン集合! 自分が見て感動したり、人生観を変えたような映画について語り合いたいと思います。 また、DVDのコレクション紹介とかーーーー。

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伝説の「悪魔の理髪師」をデップが怪演!

スウィーニー・トッド

製作年度: 2007年 160年以上のロングランを誇るミュージカルの映画化。                       またまた、デップ&バートンのコンビ
監督: ティム・バートン 製作総指揮: パトリック・マコーミック 製作:リチャード・D・ザナック/ウォ       ルター・パークス/ローリー・マクドナルド/ジョン・ローガン 脚本: ジョン・ローガン 
原作戯曲: クリストファー・ボンド 作詞・作曲: スティーブン・ソンドハイム
キャスト: ジョニー・デップ/ヘレナ・ボナム=カーター/アラン・リックマン/ティモシー・スポール/サ       シャ・バロン・コーエン/エド・サンダース/ジェイミー・キャンベル・バウアー/ジェイン・ワ         イズナー/ローラ・ミシェル・ケリー

 伝説の殺人理髪師スウィーニー・トッドの身の毛もよだつ物語は、1847年に初めて舞台で上演されて以来、160年以上も世界中の人々を魅了し続けてきた。残酷で猟奇的、それでもこの殺人鬼と血まみれの殺人シーンから目をそらさずにいられない。
 この映画は、ブロードウェイの巨匠スティーブン・ソンドハイム作詞・作曲によるトニー賞8部門受賞の傑作ミュージカルをもとにしている。
ジョニー・デップの初主演映画は、「クライ・ベイビー」で、これがミュージカルである。デップは、12歳の時にギターを手にしており、バンド活動を続け、”ザ・キッズ”と言うロック・バンドを結成した。本格的なミュージシャンを目指し、ロサンゼルスにやって来たが、ニコラス・ケイジの勧めで俳優に転向している。

*注*「クライ・ベイビー」については、紹介済み http://movieno1.blog17.fc2.com/blog-category-5.html

 つまり、デップにとっては初めてのミュージカル挑戦ではないが、今回は、全編歌わなければならない。
しかも、デビュー当時と要求される演技が比べ物にならないし、何といっても、この作品は何度も上演を繰り返されてきた古典的名作なのである。

 19世紀のロンドン。フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカー(デップ)の幸せな日々は、或る日突然打ち砕かれた。彼の美しい妻ルーシー(ローラ・ミシェル・ケリー)に横恋慕したタービン判事(アラン・リックマン)によって、無実の罪を着せられ、監獄に入れられた。パーカーは15年後、スウィーニー・トッドと名前を変えて、フリート街へ戻って来る。
そして、大家のミセス・ラベット(ヘレナ・ボナム=カーター)から真実を聞かされたトッドは、再びパイ屋の二階で理髪店を始めた。
こうして、商売道具のカミソリを磨ぎながら、トッドの復讐が始まったのである。

 ミセス・ラベットは、トッドの共犯者となり、死体の処理として人肉パイを売り出す。今までまずかったミートパイが、突然美味しくなったと街中の評判を呼び、パイ点は繁盛して行く。
驚嘆するほど猟奇的でグロテスク。でも、そこにあるのはピュアな愛。二転三転する復讐劇は、意外な結末へと展開して行く。トッドのカミソリの餌食にならないのは誰?

 善良だったバーカーが、極悪非道なトッドに生まれ変わる状況は、誰の身にも起こりうる事である。人間には、ありとあらゆる感情と心が備わっている。異常な場面を迎えた時、自分でも気付かなかった別の自分が顔を出すということは、充分考えられるのである。
音楽がセリフのように奏でられ、感情が旋律によって引き出されている。歌の合間にトッドは、次々と客の喉を切る。美しい旋律と、おぞましい行為が一体となって人間の本質をあぶり出す。
 自分が、バーカーの状況に立たされた時、どうするか?そしてその結果が何をもたらすのか?ーーーこれが、この作品のテーマだと思う。
絶望の中から、復讐だけを生甲斐にするトッドの救いのなさと、そんな彼に魅かれて行き、明るい家族を夢見るミセス・ラベットの愛は、実に対照的である。
この作品には、色んな愛の形が描かれている。愛ゆえの悲劇の名作だと言える。

 理髪店の椅子を改造して、客の死体がバタンと床下に落ちるようにしたトッドだが、彼自身もその機械仕掛けの一部になったように、何のためらいもなく、機械的に悪魔に魅入られたがごとく、殺人を繰り返していく。
残虐に喉を切り裂いていくが、感情がなく、表情一つ変えずに作業をこなしていく感じだ。
”シュパッ”と血が噴き出す音、”ギー、バタン”と椅子が回転する音だけが、リズミカルに続く。それらが余計に”哀しさ”を感じさせる。
 血なまぐさいシーンが多く、観客は何度も血しぶきを浴びせられるかのようでもあるが、単なるスプラッターではない。普通のミュージカルでもない。ジャンルでは括れないバートンの世界だ。
色づかいも鮮やかだ。黒のタイトルから真っ赤な血が流れてくる。殺人シーンの血は、もっと鮮血な真紅色だ。全体の画面は、トッドの心情のように暗い。わずかに、ミセス・バケットの夢想シーンだけが、鮮やかだ。
つまり、キャラクターの感情に基づいて、カラーが使い分けられている。

 作品によって、その都度違うキャラを演じるデップだが、こんなに怖い彼の表情は見た事がない。内面に向かう暗さを見事に演出している。殺人シーンの彼は無表情だが、彼自身は情感たっぷりなモンスターである。
本当の犠牲者はトッド自身であり、復讐を夢に描くうちに、段々取り憑かれたようになっていき狂気へと変わっていく。

 19世紀のイギリスで、世間を震撼させた事件として、5人の娼婦をめった切りにした”切り裂きジャック”と、この”スウィーニー・トッド”が挙げられるが、どちらもマスコミは連日大々的に事件を取り上げ、大衆には一代センセーションとなった。
人間とは、所詮残酷な面があり、自分の事でなければ、こういった猟奇的事件に異常な関心を示すものなのだ。
時代も、貧富の差が激しく、下層階級はその日の食にも事欠く有様であった。人々は、常に何かに飢えていたのである。それが、ジャックやトッドが、”時代の申し子”と呼ばれる由縁であろう。

 「フリート街の悪魔の理髪師」は、普通のミュージカルでもなく、単なるスプラッターでもない、人間の内面に鋭くメスを刺した哀しい、哀しい物語であり、そこに描かれているのはメロドラマなのである。
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