映画ファン集合! 自分が見て感動したり、人生観を変えたような映画について語り合いたいと思います。 また、DVDのコレクション紹介とかーーーー。

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伝説の「悪魔の理髪師」をデップが怪演!

スウィーニー・トッド

製作年度: 2007年 160年以上のロングランを誇るミュージカルの映画化。                       またまた、デップ&バートンのコンビ
監督: ティム・バートン 製作総指揮: パトリック・マコーミック 製作:リチャード・D・ザナック/ウォ       ルター・パークス/ローリー・マクドナルド/ジョン・ローガン 脚本: ジョン・ローガン 
原作戯曲: クリストファー・ボンド 作詞・作曲: スティーブン・ソンドハイム
キャスト: ジョニー・デップ/ヘレナ・ボナム=カーター/アラン・リックマン/ティモシー・スポール/サ       シャ・バロン・コーエン/エド・サンダース/ジェイミー・キャンベル・バウアー/ジェイン・ワ         イズナー/ローラ・ミシェル・ケリー

 伝説の殺人理髪師スウィーニー・トッドの身の毛もよだつ物語は、1847年に初めて舞台で上演されて以来、160年以上も世界中の人々を魅了し続けてきた。残酷で猟奇的、それでもこの殺人鬼と血まみれの殺人シーンから目をそらさずにいられない。
 この映画は、ブロードウェイの巨匠スティーブン・ソンドハイム作詞・作曲によるトニー賞8部門受賞の傑作ミュージカルをもとにしている。
ジョニー・デップの初主演映画は、「クライ・ベイビー」で、これがミュージカルである。デップは、12歳の時にギターを手にしており、バンド活動を続け、”ザ・キッズ”と言うロック・バンドを結成した。本格的なミュージシャンを目指し、ロサンゼルスにやって来たが、ニコラス・ケイジの勧めで俳優に転向している。

*注*「クライ・ベイビー」については、紹介済み http://movieno1.blog17.fc2.com/blog-category-5.html

 つまり、デップにとっては初めてのミュージカル挑戦ではないが、今回は、全編歌わなければならない。
しかも、デビュー当時と要求される演技が比べ物にならないし、何といっても、この作品は何度も上演を繰り返されてきた古典的名作なのである。

 19世紀のロンドン。フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカー(デップ)の幸せな日々は、或る日突然打ち砕かれた。彼の美しい妻ルーシー(ローラ・ミシェル・ケリー)に横恋慕したタービン判事(アラン・リックマン)によって、無実の罪を着せられ、監獄に入れられた。パーカーは15年後、スウィーニー・トッドと名前を変えて、フリート街へ戻って来る。
そして、大家のミセス・ラベット(ヘレナ・ボナム=カーター)から真実を聞かされたトッドは、再びパイ屋の二階で理髪店を始めた。
こうして、商売道具のカミソリを磨ぎながら、トッドの復讐が始まったのである。

 ミセス・ラベットは、トッドの共犯者となり、死体の処理として人肉パイを売り出す。今までまずかったミートパイが、突然美味しくなったと街中の評判を呼び、パイ点は繁盛して行く。
驚嘆するほど猟奇的でグロテスク。でも、そこにあるのはピュアな愛。二転三転する復讐劇は、意外な結末へと展開して行く。トッドのカミソリの餌食にならないのは誰?

 善良だったバーカーが、極悪非道なトッドに生まれ変わる状況は、誰の身にも起こりうる事である。人間には、ありとあらゆる感情と心が備わっている。異常な場面を迎えた時、自分でも気付かなかった別の自分が顔を出すということは、充分考えられるのである。
音楽がセリフのように奏でられ、感情が旋律によって引き出されている。歌の合間にトッドは、次々と客の喉を切る。美しい旋律と、おぞましい行為が一体となって人間の本質をあぶり出す。
 自分が、バーカーの状況に立たされた時、どうするか?そしてその結果が何をもたらすのか?ーーーこれが、この作品のテーマだと思う。
絶望の中から、復讐だけを生甲斐にするトッドの救いのなさと、そんな彼に魅かれて行き、明るい家族を夢見るミセス・ラベットの愛は、実に対照的である。
この作品には、色んな愛の形が描かれている。愛ゆえの悲劇の名作だと言える。

 理髪店の椅子を改造して、客の死体がバタンと床下に落ちるようにしたトッドだが、彼自身もその機械仕掛けの一部になったように、何のためらいもなく、機械的に悪魔に魅入られたがごとく、殺人を繰り返していく。
残虐に喉を切り裂いていくが、感情がなく、表情一つ変えずに作業をこなしていく感じだ。
”シュパッ”と血が噴き出す音、”ギー、バタン”と椅子が回転する音だけが、リズミカルに続く。それらが余計に”哀しさ”を感じさせる。
 血なまぐさいシーンが多く、観客は何度も血しぶきを浴びせられるかのようでもあるが、単なるスプラッターではない。普通のミュージカルでもない。ジャンルでは括れないバートンの世界だ。
色づかいも鮮やかだ。黒のタイトルから真っ赤な血が流れてくる。殺人シーンの血は、もっと鮮血な真紅色だ。全体の画面は、トッドの心情のように暗い。わずかに、ミセス・バケットの夢想シーンだけが、鮮やかだ。
つまり、キャラクターの感情に基づいて、カラーが使い分けられている。

 作品によって、その都度違うキャラを演じるデップだが、こんなに怖い彼の表情は見た事がない。内面に向かう暗さを見事に演出している。殺人シーンの彼は無表情だが、彼自身は情感たっぷりなモンスターである。
本当の犠牲者はトッド自身であり、復讐を夢に描くうちに、段々取り憑かれたようになっていき狂気へと変わっていく。

 19世紀のイギリスで、世間を震撼させた事件として、5人の娼婦をめった切りにした”切り裂きジャック”と、この”スウィーニー・トッド”が挙げられるが、どちらもマスコミは連日大々的に事件を取り上げ、大衆には一代センセーションとなった。
人間とは、所詮残酷な面があり、自分の事でなければ、こういった猟奇的事件に異常な関心を示すものなのだ。
時代も、貧富の差が激しく、下層階級はその日の食にも事欠く有様であった。人々は、常に何かに飢えていたのである。それが、ジャックやトッドが、”時代の申し子”と呼ばれる由縁であろう。

 「フリート街の悪魔の理髪師」は、普通のミュージカルでもなく、単なるスプラッターでもない、人間の内面に鋭くメスを刺した哀しい、哀しい物語であり、そこに描かれているのはメロドラマなのである。
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ありきたりな日常生活を侵食する、魅惑のミラクル・

ワールド


チャーリーとチョコレート工場

製作年度: 2005年 噂の極秘チョコレート工場が、ついに世界に公開される。
監督: ティム・バートン 製作総指揮: パトリック・マコーミック/フェリシティー・ダール/マイケル・シーゲル/グレイアム・バーグ/ブルース・バーマン 製作:リチャード・D・ザナック/ブラッド・グレイ 脚本: ジョン・オーガスト 原作: ロアルド・ダール 音楽: ダニー・エルフマン
キャスト: ジョニー・デップ/フレディー・ハイモア/デヴィッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラー/ミッシー・パイル/アナソフィア・ロブ/ジェームズ・フォックス/ジュリア・ウィンター/アダム・ゴドリー/ジョーダン・フライ/フランツィスカ・トローグ ー/フィリップ・ウィーグラッツ/ディープ・ロイ/クリストファー・リー

 昨年のバレンタインの前には、デップ出演の「ショコラ」をレビューしたが、今年は、「チャーリーとチョコレート工場」を紹介する。
 
 この作品のオリジナルは、1971年に制作された「夢のチョコレート工場」で、34年ぶりのリメイク版となる。
原作は、ロアルド・ダールが著した「チョコレート工場の秘密」である。同書はイギリスで子供が好きな本として、「ハリー・ポッター・シリーズ」、「指輪物語」に次ぐロングセラー小説として、長い間読み続けられている。
子供だけでなく、一度読んだら忘れられない強烈なインパクト、ひと癖もふた癖もある登場人物たち、容赦のないブラックユーモアは、大人をも夢中にさせる。

 この名作に、バートン&デップのコンビが、映画として4回目のコラボを組み、挑んだ訳である。同コンビは、「シザーハンズ」、「エド・ウッド」、「スリーピー・ホロウ」(いずれも紹介済み)でタッグを組み、すべて成功している。
デップもバートンと巡り会わなけれが今日がないと言っても過言ではなかろう。

 「ウォンカ製の板チョコに入った”金のチケット”を引き当てた5人の子供とその保護者を、チョコレート工場に招待する」
と、工場主のウィリー・ウォンカ氏(ジョニー・デップ)が声明発表した。
世界中の子供たちが、競ってチョコレートを買い漁り、”金のチケット”争奪戦が始まった。
 なぜなら、毎日大量に出荷され世界中で飛ぶように売れているウォンカのチョコレートであるが、この15年間、運搬車を除けば、工場に入った者も、出て来た者もいないのであった。
チョコレート工場の中はどうなっているのか、世界中の関心事であったのだ。

 世界中が注目する中、次々と現れる当選者たち。
1人目は、食い意地の張った食いしん坊の肥満児オーガスタス・グループ(フィリップ・ウィーグラッツ)。毎日チョコレートを食べまくって、最初のチケットをゲットした。
2人目は、大金持ちの我儘娘ベルーカ・ソルト(ジュリア・ウィンター)。父親(ジェームズ・フォックス)の財力にものを言わせて、チョコレートを買い占め、金に飽かせてチケットを買い上げた。
3人目は、あらゆる賞の獲得に執念を燃やす賞獲り少女バイオレット・ボーレガード(アナソフィア・ロブ)。常に勝つ事をけしかけるステージママ(ミッシー・パイル)とタッグを組んで、チケットを奪取した。
4人目は、ゲームおたくの少年マイク・ティービー(ジョーダン・フライ)。天候と株価の動きを参考に生産日からチケットの所在を確定し、チョコレートをたった1枚買っただけで当てた。
残ったチケットは1枚。最後のくじを引き当てる幸運な子は?

 チャーリー・パケット少年(フレディー・ハイモア)の家の貧しさといったらそれは悲惨なものだった。傾き、今にも壊れそうな小さな家に、一家7人で暮らすパケット家。失業中の父(ノア・テイラー)と母(ヘレナ・ボナム=カーター)に祖父母が二組。4人の祖父母は、ほぼ寝たきり老人で、家に一つしかないベッドに互い違いに横たわっていた。食事といえば、水で薄めたキャベツのスープ。
 でもチャーリーは幸せだった。年に一度、誕生日に買って貰える大好きなチョコレート。それを1カ月かけてチビチビと少しずつ食べるのだった。
そんなチャーリーが、最後の一枚のチケットを手にするのは絶望的だった。ところが、道端で拾ったお金でチョコレートを買うと、最後のチケットがチャーリーに転がり込んできた。寝たきり祖父母の一人で、昔はチョコレート工場で働いていたジョーおじいちゃん(デヴィッド・ケリー)は、当選の知らせに、生き返ったようにベッドからとび起きた。

 こうして、当選した5人の子供たちが、保護者に付き添われてチョコレート工場の前に立った。出迎えたのは、15年も工場に引きこもっていた伝説の工場主ウォッカ氏。前髪を揃えたオカッパ頭にシルクハット、真っ白い顔に笑顔を浮かべて、工場見学の案内役を務めた。
そこで、一同が目にした光景はーーー。流れるチョコレートの川、ねじれたキャンディー棒の木、ミント・シュガーの草花、砂糖菓子の船、そこで働くウンパ・ルンパ(ディープ・ロイ)たち。

このチョコレート工場の秘密とは?
個性派揃いの、5人の子供たちを待ちうけている彼等の運命とは?
果して、”金のチケット”は、本当に彼等に幸運を呼ぶのか?

 まず、原作のイマジネーションに驚かされる。それを具体的に映像化する鬼才バートン。ウォンカの不思議な世界を十分堪能して頂きたい。
工場の中には色んな部屋があり、どの部屋にもこだわりがある。CGも使われているが、実際に作られたセットが凄い。極彩色のミラクルワールドだ!
鮮やかな色彩のおとぎの国、まるでオモチャ箱をひっくり返した楽しさ、部屋にある仕掛けの数々、チョコレートを作るウンパ・ルンパとは?

 ファンタジーの世界が、色彩とミュージックで繰り広げられる。子供たちのまつわるテーマ曲も作られている。エスニック調、ファンク調、フォークソング調、ロック・オペラ調ーーーまるで違うメロディ・ラインを生み出し、子供たちの個性を演出している。

 そして、時折、遠くを見るような寂しげなウォンカ氏の横顔。彼の胸に去来するものは何?
スポイルされる子供たちに向ける意地悪な視線。デップはこの作品でもエキセントリックなウォンカ氏の役を見事にこなしている。どうして、ウォンカ氏がエキセントリックな人間になってしまったのか?
15年間も人前に姿を見せなかった訳は?
その辺は原作になかったものを付け足したという。
チャーリーを演じるハイモア少年とは、「ネバーランド」で、デップは共演している。

 世界一オカシな工場見学へ、貴方も参加して欲しい。日常では考えられない魅惑の世界へ旅立てる。色んなレシピの中で、感動という隠し味も味わえるはずだ。
ミステリー作家の第一人者スティーブン・キングが

描く謎の世界にディップが挑む


シークレット・ウインドウ

製作年度: 2004年 小説家モート・レイニーをめぐる8つの謎とは?
監督: デビッド・コープ 製作総指揮: エズラ・スワードロウ 製作:ギャビン・ポロン 脚本: デビッド・    コープ 原作: スティーブン・キング 音楽: フィリップ・グラス
キャスト: ジョニー・デップ/ジョン・タトゥーロ/マリア・ベロ/ティモシー・ハットン/チヤールズ・S・         ダットン

 物語の始まりは、ひとつの盗作疑惑であった。小説家モート・レイニー(ジョニー・デップ)の生活は、戸口に立つ男の「お前は俺の小説を盗んだ。」という一言から、崩れ始めた。男の名前は、山高帽をかぶったジョン・シューター(ジョン・タトゥーロ)、自分が執筆したという原稿の束を残していった。
レイニーは、妻エイミー(マリア・ベロ)に浮気され、別居中で離婚協議による疲労のため、公私共にスランプに陥っていた。
 小説家が売れ、世間に名が知られると誰かがちょっとしたトラブルを持ち込んでくる事は、よくある話である。男が残していった原稿のタイトルに、レイニーは覚えがなかった。しかし、紙面に目を落すと、それは彼が書いた文章だった。
 再びシューターがレイニーの前に姿を現し、「あれは俺が先に書いた。」と、言い寄る。レイニーが、”秘密の窓”を執筆したのは、1994年の暮れで、翌年6月に雑誌”エラリー・クィーン・ミステリー・マガジン”に掲載されていた。しかし、シューターは「別れた女房からその雑誌を送らせて証明しろ。」と脅し、警告のためレイニーの愛犬を刺し殺した。

 レイニーは、探偵をしている友人ケン・カーシェ(チヤールズ・S・ダットン)に調査を依頼する。シューターの顔はレイニーしか知らないが、彼とシューターとが話している所を車で通りかかったトムに会う事をカーシェは決める。
 翌日、別居中のエイミーの家が全焼し、証拠となる雑誌は灰になってしまった。さらに、シューターの目撃者トムと探偵カーシェも殺された。シューターがレイニーに要求してきた事は、小説の結末を書き換え、シューターの名前で再出版せよというものであった。

 レイニーを演じるデップは、一見、何の変哲もない作家の役をこなしているようにも思えるが、謎が解けてくるにつれ、彼の演技の醍醐味が出てくる。この作品は、盗作疑惑の脅迫により追い詰められていく人気作家の苦悩を描いたミステリーであるが、レイニー自身を知る上で、以下の8つの謎が散りばめられている。
1.”秘密の窓”は、どうやって盗作されたのか?
2.1日16時間の睡眠。レイニーは眠り続けていただけなのか?
3.レイニーが、1人だけの時にシューターが現れるのは何故?
4.レイニーが眠っている間にだけ、すべての事件が起きるのは何故?
5.殺されたトムがシューターを目撃しなかったのは何故?
6.レイニーはタバコを吸わないのに、店員がタバコを勧めるのは何故?
7.出版社から送られてきた昔の雑誌の小説ページが切り取られていたのは何故?
8.レイニーがシューターの山高帽をかぶっているのは何故?

 この8つの謎の中に、この作品の結末が予告されている。そして、作品のタイトルになっている「シークレット・ウインドウ」の意味が。実に計算されている。スティーブン・キングのミステリー&恐怖の世界をデップは堂々と、そして緻密に演じているのである。場面の一コマも見落としてはならない。所々に伏線が貼られているのだからーーー。

 妻に浮気されて、山小屋に閉じこもり、スランプに陥りながらの執筆活動。妻の浮気相手への憎悪を剥き出しの不気味な雰囲気。盗作を言いつのるシューターへの脅え方、周囲の人間に接するおどおどした態度。いかにも危なっかしい。デップ自身が、こうしたアブなっかさをスクリーンに登場させている。だから、観客は彼に感情移入してしまう。デップはどんな人間にも変身でき、その人間になりきってしまうが、色んな性格をもちあわせる多面的な稀有な役者である。おそらく、偏執狂的なほどの凝り性で、こよなくダークな世界やユーモアを好む一方、ロマンチストさをも持ち合わせている。
「ピーターパン」に秘められた劇作家と少年の実話

ネバーランド

製作年度: 2004年 ピーターパンのモデルとなった少年と劇作家の感動作
監督: マーク・フォースター 製作総指揮: ボブ・ワインスタイン/ハーヴェイ・ワインスタイン/ミシェ      ル・サイ/ゲイリー・ビンコウ/ニール・イスラエル  製作:リチャード・N・グラッドスタイン      / ネリー・ベルフラワー  脚本: デイヴィッド・マギー 音楽: ヤン・A・P・カチュマレク
キャスト: ジョニー・デップ/ケイト・ウィンスレット/ジュリー・クリスティ/ラダ・ミッチェル/ダスティ        ン・ホフマン/フレディ・ハイモア/ジョー・プロスペロ/ニック・ラウド/ルーク・スピル/        イアン・ハート/ケリー・マクドナルド      

 ネバーランドーーー決してどこにも存在しない国。そこに住むピーターパンは永遠に年を取らない冒険好きな純粋な少年である。世界中の誰もが知っているこのピーターパンには、モデルとなる少年の存在があった。少年ピーター・ルウエリン・デイヴィズ(フレディ・ハイモア)と劇作家バリ(ジョニー・デップ)との出会いの背景にもう一つの愛のドラマが存在していた。

 1904年、12月27日にロンドンで初めて「ピーターパン」が上映された。これは、その陰で子供のように夢見る心を持ち続ける劇作家バリと、彼によって夢を信じる心を取り戻していくデイヴィズ家の三男ピーター少年。二つの純粋な魂の触れ合いを描いた愛と感動のドラマである。

 ロンドンのケンジントン公園へ日課の散歩に出かけたバリは、若く美しい未亡人のシルヴィア(ケイト・ウィンスレット)と彼女の息子たちであるデイヴィズ家の四兄弟と出会う。中でもバリが関心を寄せたのは、父の死後夢や希望を持つことをあきらめた三男ピーターの存在であった。
一人で心の傷を負ったピーターに空想の世界で遊ぶことの楽しさと物を書くことの喜びを教えるバリ。彼と母親シルヴィアの深い愛情に包まれながら、ピーターは少しずつ子供らしい純粋さを取り戻していくのであった。

 ピーターに幼い頃の自分自信を重ね合わせながら、二度とない子供時代の素晴らしさを伝えるバリ。二つの繊細な魂の触れ合いから、「ピーターパン」のドラマが誕生して行く過程を描いている。
そして、病に侵され母シルヴィアを失うピーターに、「愛する者を心の中のネバーランドに旅立たせる」事を教える。夢を信じる事の大切さをテーマにした「ピーターパン」の物語が、喪失の悲しみの中から生まれたという事実が、深い感慨を呼び起こす。

 子供のように無垢な心を持ち、ピーターたち兄弟に惜しみない愛情を注ぐバリ役デップの演技には、優しさが満ち溢れている。現実に目を向けない夫バリに愛想を尽かし、心の通いを失くした妻メアリー(ラダ・ミッチェル)とは、対称的なシルヴィアに心を魅かれるが、恋愛感情を超越したプラトニックな愛の絆で結ばれる姿をごく自然に演じている。彼の周りには、気品と優しさ、そしてユーモアが溢れている。
最初のうち、シルヴィアの母モーリエ夫人(ジュリー・クリスティ)は、毎日子供たちと遊び呆けるバリに対して、娘シルヴィアに近づくためだと警戒するが、段々彼の純粋さが分って来る。バリーの愛は、すべてを超越した人間愛なのだ。デップの人柄からそれがヒシヒシと伝わってくる。

 この作品は、「ピーターパン」の生誕100周年を記念して造られたが、それにふさわしい作品となった。デップとピーターの子役ハイモアの演技が光るが、先に述べたシルヴィアのは早くクリスティーの他、バリの友人役イアン・ハートや、大物プロデューサー役ダスティン・ホフマン等ベテラン個性派俳優陣が見事に脇を固めている。

 最後に、”ネバーランド”とは?ーーーバリ役デップの言葉を借りれば、「そこは夢がかなう場所なんだ。信じれば必ず行ける。」---現代人が忘れていることであり、現代人では決して行けない場所なのであろう。
エル・マリアッチ・シリーズの最終章

レジェンド・オブ・メキシコ

製作年度: 2003年 2つの町を始末した伝説の男、エル・マリアッチのハードアクション第三弾 
監督: ロバート・ロドリゲス 製作: ロバート・ロドリゲス/エリザベス・アベラン/カルロス・ガラルド
脚本: ロバート・ロドリゲス 音楽: ロバート・ロドリゲス/アントニオ・バンデラス/ジョニー・デップ
キャスト: アントニオ・バンデラス/ジョニー・デップ/サルマ・ハエック/ミッキー・ローク/エヴァ・メン       デス/ウィレム・デフォー/ルーベン・ブラデス/ダニー・トレホ/エンリケ・イグレシアス/マ       ルコ・レオナルディ

 1992年、メジャー・スタジオの配給作品としては、”史上最低の製作費”(7000ドルと言われている)となった「エル・マリアッチ」ロバート・ロドリゲスは、長編映画の製作デビューをしている。彼はこの作品で、製作のみならず、監督・脚本・編集・録音もこなしている。キャストも彼の友人で固め、ほとんどが素人で、当然メジャーな俳優は出演していない。
徹底して製作費を切り詰めた割には、中々の出来で、サンダンス映画祭の観客賞を受賞している。

 同作品の第二弾として、主役の殺し屋エル・マリアッチにアントニオ・バンデラスを迎え、彼の恋人役にサルマ・ハエック、町のボスの集金人役としてクエンティン・タランティーノもゲスト出演している。
また、「エル・マリアッチ」を観た個性派俳優スティーブ・ブシェミもロドリゲスに自らの出演を志願した。
こうした豪華キャスト陣と予算をかけたド派手なガン・プレー・アクションで第二弾「デスペラード」は大ヒットした。

 そして、エル・マリアッチ・シリーズの最終章が今回紹介するこの作品、「レジェンド・オブ・メキシコ」である。脇役ではあるが、この作品に我らがジョニー・ディップも出演しているのである。
主役のマリアッチには、第二弾に続いてバンデラス、彼の妻になったハエック、ディップは悪徳CIA捜査官役である。その他、麻薬組織のボスにウィレム・デフォー、組織の幹部にミッキー・ロークと、そうそうたる顔ぶれである。大ヒット作「ニュー・シネマ・パラダイス」で、主人公トトの青年時代役をやったマルコ・レオナルディもマリアッチの相棒役として出演している。

 舞台は、クーデターに揺れるメキシコ。情勢を鎮圧するため、奮闘するCIA捜査官サンズ(デップ)であるが、彼は任務を利用して私腹を肥やそうと企む。
酒場で、2つの町を始末した伝説の男、エル・マリアッチ(バンデラス)の話を聞き込んだサンズは、マリアッチに近づき、「クーデターがあり、マルケス将軍がメキシコ大統領の暗殺を計画している。将軍に権力を渡す訳にはいかない。」と、将軍殺害をマリアッチに依頼する。マリアッチは報酬のためでなく、将軍に殺された彼の妻カロリーナ(ハエック)と子供の復讐のために将軍を殺す決意をする。

 しかし、将軍を裏で操っているのは、麻薬王のバリーニョ(デフォー)であった。バリーニョが将軍に多額の金を渡し、大統領の暗殺を依頼したのであった。サンズの真の目的はこの金を強奪する事であった。
次にサンズは、元FBI捜査官のラミレス(ルーベン・ブラデス)にもバリーニョの動きを探るための調査を依頼した。ラミレスは同僚をバリーニョに殺された事で、彼を逮捕したがっていた。現役のFBIと偽り、組織の幹部であるビリー・チェンバーズ(ミッキー・ローク)に近づく。ビリーは組織を抜けたがっており、ラミレスへの協力を約束する。

さらに、サンズはAFNの女性捜査官アヘドレス(エヴァ・メンデス)まで巻き込み、(彼女はサンズの恋人)バリーニョを逮捕させ、クーデターの裏で動く金を奪おうとしていた。

 それぞれの登場人物が、各々の思惑で迎えた11月2日”死者の日”クーデター勃発の寸前に、サンズはバリーニョに捕えられーーー。
マリアッチは、祖国と妻子の復讐のために立ち上がる。クーデターを企む者と阻止しようとする者、クーデターで動く大金を狙う者、組織から抜け出そうとする者、同僚の復讐を誓う者、それぞれの想い、思惑が絡み合う運命の日。メキシコを揺るがす激戦が火蓋を切る!

 圧巻は、ラストの銃撃線であるが、そこにたどり着くまでの各人の心理描写が見事に描かれている。それぞれの役者が、役回りの人物の性格・思考・行動パターンをあまりなく演じ、人物の個性が良く分る。そこには、生きている人間そのものが演出されている。人間性が表れない単なるドンパチ物はつまらないものである。
それぞれが哲学を持ち、生きる目的がある。善玉も悪玉もーーー。
デップは非情な冷血漢を演じている。デフォーは、悪の大物役を演じているし、エヴァは女性捜査官ならではの心理状態をみせている。ハエックには、愛する者への愛おしさを感じるし、それに応えるバンデラス。友情のため死をも恐れぬ彼の相棒二人、人の良さを魅せるブラデス、悪人ながら憎めないローク。
それぞれの人物全員の個性が描かれている作品も少ないと思う。

 この作品の根底に流れているのは、舞台はメキシコでも、”マカロニ・ウエスタン”だと思う。そこには、ロドリゲスが敬愛しているマカロニ・ウエスタンの巨匠セルジオ・レオ―ネの影響が強く感じられる。
 しかし、マカロニでは登場人物全員の人物は描かれていない。そういった意味では、この作品は、マカロニ風ではあるが、より人物描写に力を入れたマカロニを遥かに凌ぐ作品であると思う。

 また、通常シリーズ物は、回を追うに従い、落ちていくものだが、この作品は、「マリアッチ」の集大成となっている。7000ドルという低予算から始まったこのシリーズであるが、回を追うごとに迫力を増すばかりでなく、人間の持つ幅の広さに焦点を当ててきている。
人間というものを非常に考えさせられた作品であった。
製作・監督・脚本と音楽までこなすロドリゲスの才能には脱帽である。セルジオ・レオ―ネの愛弟子であるクリント・イーストウッドを思い起こさせた。
なお、この作品中に流れる音楽は、他にもデップもバンデラスも作曲し、ハエックはヴォーカルまで取っている。
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