映画ファン集合! 自分が見て感動したり、人生観を変えたような映画について語り合いたいと思います。 また、DVDのコレクション紹介とかーーーー。

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イージー・ライダー


1969年 アメリカ・ニューシネマ  当時の世間に受け入れられなかったヒッピーの若者達
監督 : デニス・ホッパー  製作 : ピーター・フォンダ  
脚本 : デニス・ホッパー/ピーター・フォンダ
キャスト : デニス・ホッパー/ピーター・フォンダ/ジャック・ニコルソン
主題歌 : イージー・ライダーのバラード(バーズ)/ワイルドで行こう(ステッペン・ウルフ)

 マリファナの売買で、ちょっとした財産を築いたキャプテン・アメリカ(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)が、ハーレイ・ダビッドソンに跨り、旅に出るところからこの物語は始まる。
町を捨て、時計を捨てる姿は、これからは時間に縛られず、自由気ままに生きていくという、意思表示を示している。
 村から村へとバイクで流す二人だが、途中で酔っぱらいの弁護士ジョージ(ジャック・ニコルソン)と知り合い、3人での旅となる。しかし彼等は、沿道の村人たちに全く受け入れられない。レストランでも歓迎されない。保守的な人々は、彼らの身なりだけで、”胡散臭い”と見るのだ。自分たちとは、全く違う人種、異邦人とみなし、やがて悲劇へと向かっていくことになる。

 マリファナ、人種問題、ベトナム戦争、既存社会に反抗する若者といわゆる常識派で保守的な大人との断絶等、数多くの問題を抱えて喘ぐ”巨大国家アメリカ”の姿をヤングジェネレーションの目を通して余すところなく描いている。

 ジェーン・フォンダを姉に持ち、名優ヘンリー・フォンダの息子であるピーター・フォンダが、初めてプロデュースした作品で、彼の親友デニス・ホッパーも初監督している。脚本も二人で書きあげ、まさに二人が作った作品だ。

 サイケデリックな映像と反体制派ミュージシャンを結集して音と画面を結び付けている。サイクリングシーンに流れる音楽は、ステッペン・ウルフの”プッシャー”に始まり、代表曲”ワイルドで行こう”ザ・バンドの”ウェイト”等、すべてロックであり、当時の10代後半から20代の若者に圧倒的支持を受けた音である。ジミヘンやエレクトリック・フラッグなど、サイケ・ミュージックの走りである。
 しかも驚くのは、ラストシーンに流れる、バーズのリーダー”ロジャー・マッギン”が歌う美しいスローバラード”イージー・ライダーのテーマ”を除き、この映画のために作られた曲ではないということである。ヒット曲を集めたものだが、実に映像とマッチして、我々に訴えかける。ピーターのセンスが窺われる。
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真夜中のカーボーイ


1969年  アメリカ・ニューシネマ   都会に花咲くダーティ・ヒーロー
監督:ジョン・シュレシンガー  原作:ジェームズ・レオ・ハーリヒー  製作:ジェローム・ヘルマン
キャスト:ダスティン・ホフマン/ジョン・ボイト/シルビア・マイルス/ブレンダ・バッカロ
音楽:ジョン・バリー  主題歌:うわさの男(ニルソン)

 自分にとって、恋愛のバイブルが、”卒業”で、ギャング映画の古典が、”俺たちに明日はない”で、全く新鮮に感じた異色西部劇が、”明日に向かって撃て”なら、この”真夜中のカーボーイ”は、青春時代に、最も感動した映画である。

 ”卒業”で、ヒーローを演じたダスティン・ホフマンが、この映画では、180°役柄の違った、汚れ役を見事に演じている。相棒のジョン・ボイトの出世作でもある。これは、都会で、誰にも相手にされない二人の友情の物語である。

 テキサスの田舎でプレイボーイ気取りだったジョー・バック(ジョン・ボイト)が、単調な皿洗いの生活から抜け出し、都会で一旗揚げようと、ニューヨークにやってくる。
教養のない彼の武器は、カーボーイスタイルのファッションと自慢のルックスに男性自身。簡単に女性が引っ掛り、金になると思っていた。
 ところが、世の中そんなに甘くない。道行く誰もが、時代遅れの彼になど、目もくれない。声を掛けてくるのは、コールガールのみ、挙句の果ては、ホモの相手がいいところ。
唯一、彼を相手にしてくれたのは、街の鼻つまみ者で、ドブネズミのような生活をしているリッツォ(ダスティン・ホフマン)だけだった。リッツォはペテン師で、ジョーをペテンにかけるが、やがてお互い身寄りのない二人は、取り壊し寸前の老朽ビルの一室で、アブラムシと共に生活することになる。
 二人の間に友情が芽生えるが、荒んだ生活を続けてきたリッツォの病が進んでいく。彼の夢は、フロリダの太陽の下で、ココナツの汁を飲み、健康を取り戻すこと。ジョーは、彼のために金を稼ぎ、カリフォルニア行のバスに彼を乗せたがーーー。

 これは、虚飾に満ちた、病んだニューヨークの街で、時代感覚の遅れた青年と、ダーティーながら必死に生き抜こうとする男の友情の物語である。
 テキサスのジョーが、夜行バスでニューヨークに旅立つところで、ニルソンの主題歌が流れてくる。
”うわさの男”音は軽快で美しい。しかもそのメロディには、哀感が溢れ、陽気さの奥に”悲しい貧しさ”が、呼吸している。
 都会に立つ彼。群衆の中の孤独。欺きのネオンの明かりで眠らない街。人が溢れていればいるほど、孤独が胸を指す。大都会の孤独は、実に厳しく、冷たく迫ってくる。
本人自慢のカーボーイスタイルだが、都会の女はこんな田舎くさいファッションには、見向きもしない。
 知り合ったリッツォも、社会からあぶれ落ちた、人生の敗残者の死の影が漂っている。二人の男の何という友情の痛ましさ。
ダスティン・ホフマンの汚れ役とジョン・ボイトの人のいい田舎者のあんちゃん姿が実に意気投合している。監督のジョン・シュレシンガーは、イギリス人であるが、アメリカ人以上に、病んだアメリカを描き出し、二人の友情を巧みに引き出している。
 汚いマンハッタン風景の中から、高く香るものがある名作である。
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